石野真子の若い頃

石野真子さんの若い頃は?

若い頃の画像は?

⇒このページでは、石野真子さんの若い頃が色々気になりましたので、調べてみました。

石野真子さんの若い頃

若い頃の石野真子さんは、兵庫県で生まれ育ったが、父親がとても厳しい方だったようです。

そんな石野真子さんの若い頃に関して、オーデションからデビューまでに関してと、若い頃の画像に関して調べました。

若い頃の石野真子さん 「スター誕生」オーデションに応募

若い頃の石野真子さんは、1973年4月に、尼崎市のカトリック系女子校の私立百合学院中学校に進学しましたが、父親は非常に躾が厳しく、中学・高校時代の門限は16時30分で、1分でも遅刻すると「どこへ行ってたんや」と父親が玄関で待ち構えていたとのことです。

そんな石野真子さんも、当時の人気オーデション番組「スター誕生」にすごくあこがれがあり、将来は歌手になりたいと志すようになります。

中学3年の時に、歌が好きだった石野は「歌のレッスンを受けたい」と父親に相談すると、習い事には理解を示し、「きちんとした所に通うんやったら、ええやろう」と許可されたそうです。

平尾昌晃歌謡学院大阪校のオーデションを受け合格。

レッスン生として通う事になります。

高校進学後もレッスンを続け、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』に応募。父親に「オーディションを受けてもいいかな?」と訊ねると、「どうせ落ちるやろから、まあええよ」と反対されなかったとのこと…

一方、予備審査と予選会を勝ち進み、本選の大阪大会も順当に勝ち上がり、1977年3月23日、『スター誕生!』第20回決戦大会に出場し、スカウト意向の芸能事務所プラカードが16社挙がり、その後、バーニングプロダクションに所属の歌手としてデビューすることが決まりました。

若い頃の石野真子さん デビュー曲「狼なんか怖くない」で大人気に!!

石野真子さんは、1978年3月25日、デビュー・シングル「狼なんか怖くない」(作詞: 阿久悠/作曲: 吉田拓郎/ジャケット撮影: 篠山紀信)がビクターから発売され、アイドル歌手として芸能界にデビューしました。

デビュー当時のキャッチフレーズは、

100万ドルの微笑

でした。

八重歯と垂れ目であることがチャームポイントで、たちまち人気に火が付き、その年の新人賞レースを独占したのは言うまでもありません。

石野真子さん 若い頃の画像

そんな石野真子さんの若い頃の画像は?

まとめ

石野真子さんの若い頃に関してまとめました。

可愛いです。

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